『あれから』 

1.

 「・・・あーあ」

 帰り道さくらは、一人ごちていた。
さんざんであった。折角の文太と二人きりのお出かけだったのに。

萩分 あの保健室の一件以来、さくらと文太の二人の距離は急激に縮まった。
そして今日の学校創立記念日、課題の下調べの為に県庁所在地にある水族館まで、二人で出掛けたのである。
だが、身長差56cmのこのカップル、どうしても人目につく。

 「おいおい、見てみてみろよ」「あの子じゃないか? フライカスに出てた日本一身長の高い小学生って」
「一緒にいる男の子、やだ、プッ!」「シッ! 悪いわよ」

 大衆とは、無神経なものだ。
これでは手を繋いで歩くことなど夢のまた夢である。
さくらは文太から常に、3歩+身長 以上の距離を離れて歩き続けた。
 極めつけは、帰りの電車。お決まりの『子供料金トラブル』。
この子ボクの同級生です、と文太が庇ったのが裏目に出た。
小意地の悪い駅員から、たっぷりネチネチ小一時間、お陰ですっかり遅くなってしまった。
 文太に嫌われてしまったので はないだろうか? ・・・・さ くらの胸に不安がよぎる。
その規格外の体格を、今日ほど疎ましく感じたことはなかった。

 「もう、イヤ! ・・・・そうだわ、唯ちゃんが言ってたっけ。『しゅくしょーしゅじゅつ』ってのがあるって」

 おやおや、何のことだろうか?

 「受けてみようかしら・・・・文太ク ンとおんなじ身長にしてもらうの」

 ・・・・縮小手術。ははーん、どうやら、さくらは、級友・渡部 唯から聞いた『家畜人ヤプー』の物語を、現実のことと勘違いしているようである。

 「どこの病院でやってくれるのかなあ? あした唯ちゃんに聞いてみよう」

 独り言は続く。明日から12月とあって、さくらが家に近付くころには、あたりはすっかり暗くなって いた。

2.

 「おらっ!!」「てめえ、舐めてんじゃねえよっ!!」

 おおよそ、閑かな住宅街には相応しくないような野太い怒声が、さくらの耳に飛び込んできた。
 はっと現実に引き戻されたさくらは、声がした方を見遣る。
左手の袋小路の奥に、何人かの姿。

 ・・・・喧嘩?

 否、そうではないようだ。
地べたに転がった一人を、三人掛かりで蹴りまくっているように見える。
蹴っている三人はといえば、ラメ入りの皮ジャンを身に纏い、チェーンやら木刀やらを手にしている。
 チーマーによるオヤジ狩り・・・・

 「・・・・どうしよう」

 さくらの家は、袋小路の奥ではない。なによりも小学生のさくらが、関わり合うべき性質の問題ではなかろう。
同様に考えたさくらは、そのまま通り過ぎようとした。

 が、踏み留まる。

 ・・・・いけないわ、さくら。・・・・あなたは、ナイチンゲールのような人の役にたつ子になりたい んじゃないの?・・・・

 さくらは自分に問い掛ける。

 ・・・・そうよ、さくら。・・・・困った人は助けてあげないと・・・・

 傷ついた兵士を救うため、戦火の中に飛び込むのは将に今この秋!  袋小路に走り込んださくらは、 大きく息を吸い込んだ。

3.

 「やめて!!・・くだ・・さい・・」

 尻つぼみ・・・・
しかし、三人のチーマーを振り向かせるだけの効果はあったようだ。
身長193cmの女子小学生の闖入に戸惑いを見せる三人。

 だがそれはほんの一瞬のことで、すぐ次の瞬間には獲物から離れ、さくらを取り囲んだ。
先程までとはうって変わって音なしの構え。あたりは一転して静寂に包まれる。
 どうやらこいつらは、相当喧嘩慣れしてるようだ。チームワークもよい。
さくらを先にやらなけば、狩りを続けることは出来ぬと踏んだあたりの、判断もなかなか・・・・

 一方のさくらはと言えば、臍の緒切ってから11年、ただの一度も喧嘩などしたことがなかった。
勿論格闘技の経験はない。武道をやっている級友たちが、盛んにさくらを誘うのだが、いつも生返事。
生来人と争うことを好まない性質なのだ。

 ・・・・ええっと・・・・右から突かれたときは、左・・・・前にでるんだっだかしら?・・・・後ろ に下がるんだったかしら?・・・・

 今頃になって漸く、級友・森下 由奈が聞かせてよこした護身術のおさらいを始めるさくら。
慌てず、騒がず・・・・どこまでも大人物である。
そんなさくらの都合などはお構いなしに、3人組は距離をすぼめる。
 そして赤髪の男が、さくらの腹部にストレートを叩き込んだ。

 グギッ!!

 鈍い音が静寂を破る。

 「クッ、クウゥ・・」

 声にならない悲鳴を上げて蹲ったのは、なんと赤髪の方であった。
えっ!? 手首が折れた?

 そうなのだ。さくらは恐ろしく頑丈なのだ。
例えば、廊下で蹴躓いて扉に突っ込んでも、粉々になってしまうのは扉の方で、さくらは掠り傷ひとつつかない。
 もう、特異体質といって良いだろう。
暴走車両をよけた拍子にコンクリート塀に激突し、ヒビを入らせてしまった処を偶々見かけた女子プロレスのスカウトが、以来執拗にさくらを勧誘していること は、前にお話しした。

 だが、こいつらはそんなことを知る由もない。
二人目のモヒカン刈が、さくらの脇腹目がけ回し蹴りを放った。

 ポニョ〜ン(←擬態音)

 蹴りは、さくらのオケツにヒット!
ばかめ、さくらの足の長さを考えろってば。
ものの見事に弾き返されたモヒカンは、そのまま真っ逆様にアスファルトに叩き付けられた。
 右足が不自然な方向に折れ曲がっている


 「ウワワァァッッ


 これはいけませんぞ。股関節の脱臼は、治るのに時間がかかる上に、脱臼癖がつきますからねえ。
 いやいや、それにしても、

  固くて柔らかきもの、さくらの身体
  い と を か し 

 「あの・・、大丈夫ですか?」

 二人を気遣うさくらの背後に、リーダー格の男が忍び寄る。
狼狽、憤怒、焦燥、恐怖・・・・・・最早この男には、恥も外聞も、そして一片の分別すらも残ってはいなかった。

 「
うおーりゃーぁぁ!!!

 背中目がけて、木刀が振り下ろされる。
あやうし、さくら!

 バキッ!!

 ・・・・・・はあ〜〜??
なんと、なんと、木刀がまっぷたつに折れてしまったではないか!

 ・・・・カラ・・カラカラカラ・・・・・・ 一テンポおいて、折れた刀身が、地面に転がる音が響 く。

 数テンポ遅れて、ポツンとさくら、

 「・・・・いたい・・」

  ・・・・・・・・ !!!!!

 右手首を押さえながら後ずさる赤髪、うめくことも忘れて凍り付くモヒカン、そしてリーダー格のズボンの股間からは、じわっと液体が滲み出し、湯気を立て た。

 「・・・・ひっ! ひぃぃっっ〜!!」

 負傷した二人を両脇に抱え、一目散に退散するリーダー格。

 はあ、仲間を見捨てませんでしたか。流石リーダー、アンタはエラい! でも、そんなに慌てると電信柱に・・・・って言う前にぶつかっちゃいましたか。
おやおや、生ゴミ頭から被っちゃってまあ。 ちょっとっ! 住民の皆さーん、前の晩からゴミ出しちゃ駄目じゃないですかっ!

 「・・あら・・あら」

 世紀の大活劇のフィナーレを飾ったのは、さくらのこの台詞であった。

4.

 「あんた、フライカスに出ていた子かい?」

 さくらに介抱されて覚醒した中年の男が尋ねる。

 「・・え、ええ」

 男の出血を拭いながら、さくらは答える。
少々俯き加減だ。

 「・・・ご、ごめんよ、気にしてたのかい? ・・・でも、あんたでよかったよ。通りかかったのがあんたでなかったら、どうなってたか・・・有難う、本当 に有難う」

 礼を言われて、いよいよ俯く、さくら。

 ・・・わたし・・・だから・・・
 ・・・わたしが大きいから・・・・・・ 

 ・・・・・『亀井君は、女のくせにこんな大きい私にこんなこと言われたら・・・迷惑?』 『そっ、そんなことないよ!秋野さんは、こんなどんくさい僕に も優しいし、それに・・・』・・・・・
 保健室のあの会話を思い出す・・・・・・ 

 ・・・そうだわ、わたしが大きくて頑丈な身体だから、このおじさんを助けてあげられてたんだわ・・・・・・

 さくらは、自分の身体のことがちょっぴり好きになった。 

 (つづく)